あわい
江上 秋花
布や糸、染めのにじみを重ねながら、夢と現実のあいだを漂うような世界をかたちにするアーティスト、江上秋花。
記憶や想像の断片から生まれる生き物や植物を、やわらかな素材と手の痕跡で表現してきた彼女が、K ART GALLERYで個展「あわい」を開催。
作品づくりの背景や素材への思い、そして制作の中で見えてきた世界について、K ART GalleryのAsuka Watanabeが話を聞いた。
Akika Egami is an artist who shapes a world drifting between dreams and reality, layering fabrics, threads, and gentle shades of dye.
Drawing inspiration from fragments of memory and imagination, she expresses creatures and plants through soft materials and traces of the hand.
For her solo exhibition Awai at K ART GALLERY, Asuka Watanabe spoke with her about the background of her work, her relationship with materials, and the quiet worlds that emerge through her process.


Egami Akika / 江上 秋花
1993年東京都生まれ。2020年東京藝術大学大学院デザイン専攻描画装飾研究室修了。
自然物や生き物など、自分の中で心惹かれる物や情景から着想したドローイングを元に、染め、刺繍やニットなどのテキスタイル表現を用い制作を行う。平面的な色や形の組み合わせと、布や糸などの素材が融合した時に新たに生まれる表情を大切にしている。
https://www.instagram.com/egamiiiii/
「あわい」について
─ まず、今回の展覧会タイトル「あわい」という言葉には、どんな意味を込められたのでしょうか?
コンセプトを考えているときに、よく「夢と現実のあいだ」をイメージして描くことが多くて。いろいろ調べていたときに「あわい」という言葉を見つけて、すごくいいなと思ったんです。ちょうどこのDMの大きな作品を制作している途中くらいで、「これだ」と決めました。
─ 自然や生き物をモチーフにされていますが、今の作風につながるようなターニングポイントがあったのでしょうか?
大学の卒業制作で椅子を作ったんです。
そのとき、サンゴやイソギンチャクなど海の生き物をモチーフにして、ドローイングから立体へと発展させるというテーマで取り組みました。
今の作品とは少し違うけれど、そこで“自然のかたちを自分の感覚で置き換える”という感覚が生まれたと思います。生き物を描くときも、実際の観察というよりは、記憶や想像を大切にしています。もちろん最初は見ますけど、描くときは自分の中のイメージに変わっていく感じです。

卒業制作の作品
記憶と想像から生まれるかたち
─ 江上さんの作品には、独特な曲線の美しさがあると思っていて。植物なども具体的な種類というより、イメージから生まれているのでしょうか?
そうですね。サンゴとか、あと塊根植物(根っこが力強く膨らんだ植物)とかが好きで。生命力が強くて、形にもエネルギーを感じるようなものに惹かれます。華奢なものより、少し南国にあるような、たくましさのある植物が好きですね。
形が変なものがすごく好きなんです。鳥も好きなんですけど、「ちょっと怖い」って言う人も多いですよね。色がきれいだけど、どこか不気味だったり、足の形が独特だったり。そういう、“きれいなのにちょっと変”みたいなものに惹かれます。
─ そうしたモチーフへの興味は、昔からあったのでしょうか?
以前、そういう植物を扱った展示を見たのがきっかけだったかもしれません。
家では猫を飼っているので、リアルな植物は食べられちゃう心配があって置けないんです。だからこそ、植物を描くことが“身近に自然を置くこと”のようにもなっているかもしれません。猫もよく登場しますが、それはやっぱり身近な存在だからですね。一番観察しやすくて、何より可愛いので(笑)。日常の中にいる生き物たちが、いつの間にか作品の世界にも現れてくるような感覚があります。
あとは、植物園には行ったりします。動物園はちょっと苦手で……近くで見られるのはありがたいんですけど、「本来の姿じゃないのかも」と思うと複雑な気持ちになります。だから作品では、現実にいる生き物をそのまま描くというより、自分の中の記憶や想像の中で再構築していく感覚が強いです。
現実にない生き物も、どこか“いそう”に感じられるように描けたらいいなと思っています。

描くことと、つくること
─ 私も動物を眺めるの好きで共感できます。江上さんの作品では、江上さんのフィルターを通して動物を見ているようで素敵です。実際の制作はどんなふうに進めているのですか?
まずは鉛筆で小さくスケッチを描いて構図を考えます。
動物など主役を先に決めて、植物や背景は描きながら足していく感じです。「埋めたい欲」が強くて(笑)、気づくと密度がすごくなっちゃって。全体を見ながら、「あ、ちょっと詰めすぎかも」と思ったら調整します。描きながら構成を変えたり、即興的に色を足したりすることも多くて、設計と感覚の間を行き来しながら、画面を呼吸させるように進めています。
大きい作品のときは、先にサイズを決めて構図を作ります。でも描いていくうちに「もう少し色を足そう」とか「ここは抜いた方がいいかも」と思うこともありますね。明暗やコントラストのバランスは、感覚的にやってる部分が多いです。
でも、受験期にやっていた色彩構成のトレーニングが今の感覚を支えていると思います。暖色と寒色のバランス、明度差の気持ちよさ――ああいうのは体に染みついている感覚ですね。
染料を使っているので、絵具とは違って重ねても隠せません。水の量や乾くタイミングでにじみ方が全然変わるんです。乾く前に筆を入れたり、粘度を調整したりしながら、輪郭の描き方、面の塗り方を調整しています。一度きりの滲みや境界のぼやけ方が、作品の表情そのものになっていくんです。

─ 布や糸を使った立体感の表現も特徴的ですよね。
描いたあとに綿を挟んで縫って、表面を少し膨らませています。縫うときの布の引っ張り具合で、膨らみや陰影が微妙に変わるので、その調整をしながら作品に表情を与えるような気持ちで作っています。
もともと布って柔らかい素材なので、どんなに盛ってもゴツゴツしないんです。“むちっとしたやさしさ”が出るのが好きで、その質感が作品全体のトーンを作っている気がします。最近はキラキラした糸や光沢のある布を組み合わせることもあります。それによって生まれる反射や陰影の違いも、描くことと同じくらい面白いですね。
日常から生まれるインスピレーション
─ 見る人には、どんなふうに作品を感じてほしいなどはありますか?
「この子たち仲良さそう」とか、「何を話してるんだろう」とか、自由に想像してもらえるのが一番うれしいです。
わたしの作品は語りかけるというより、“寄り添う”ものだといいなと思っています。毎日見るたびにちょっと違う表情に見えるような、日常の中に静かにある存在になれたらいいですね。
─ 普段の生活からもインスピレーションを得ているんですか?
引っ越してから、公園に行くことが増えました。鳥がたくさんいて、サギとかカモとか、みんな自由に過ごしてるんです。そういうのを見てると、なんか平和だなあって思って。そんな空気感を作品に込めたいって思います。

今後の展望について
─ 今回の展覧会を通じて、アートと社会の関わりについてどう考えていますか? ファッションやインテリアなど、ほかの分野とのコラボレーションにも関心がありますか?
あります。すごくやってみたいです。
もともと布や糸を使うので、そういう領域とは親和性が高いと思います。ピアスなどのアクセサリーとか、ブローチみたいな小さな立体にも興味がありますね。
オーガンジーなどの素材を使って作品を作っているのですが、その延長で身に着けるものや、空間に取り入れられる表現にも挑戦してみたいです。
─ 今後はどんな活動に挑戦していきたいですか?
今の作風でもコツコツと制作を続けながら、もっと大きな空間での表現をしてみたいです。たとえば舞台やショーウィンドウのような、装飾的な空間にも興味があります。
そういう商業的なプロジェクトも、自分の表現とつながる形でできたらいいなと思っています。
興味のある分野や、自分の表現と合うテーマであれば、アートとデザインのあいだを行き来しながら活動していきたいなと思っています。
布と糸、染料のにじみが描き出すやさしい世界。
その表現は、見る人の心にそっと寄り添い、淡い余韻を残す。
本展は現在、K ART GALLERY にて開催されている。
Interviewer: Asuka Watanabe
グラフィックデザイナー/アートディレクター。東京を拠点に、国内外のアートプロジェクトや音楽フェスティバルのビジュアルデザインを手がけるほか、アーティストとしても活動している。K ART GALLERYではディレクターの一人として、展覧会企画やアーティストインタビューなどを通じて、創作の背景にある思考や物語を紹介している。
https://www.instagram.com/asuka_afo/

あわい / 江上 秋花 個展
2025.10.17 Fri – 11.9 Sun
-Artist Statement-
動物や植物が持つ、愛らしくも奇妙な姿に心惹かれます。
本展ではそんな彼らの姿と自身が持つ生き物へのイメージを重ね、どこにあるか分からない、でもどこかにあるかもしれない、夢と現実の間にひそむ生き物たちの世界を描きました。
【開催日時】10月17日(金)- 11月9日(日)
【開館時間】12:00-18:00 (月曜、火曜休館)
【会場】K Art Gallery
*11月9日(日)は16時まで
https://k-art-tokyo.com/exhibition/%e3%81%82%e3%82%8f%e3%81%84/