wall / windows
岡路 貴理
ガラスブロック、コンクリート壁、雨に濡れた窓。岡路の作品には、風景そのものではなく、私たちが何かを見るとき、その手前にあるものが描かれてる。
透明でありながら視線を遮り、奥行きを感じさせながらも平面として存在するそれらのモチーフは、日常の中にある違和感や、空間の気配をすくい上げているように見える。
本インタビューでは、幼少期の環境や日本画との出会い、現在の制作につながるモチーフ、そして「部屋に掛けたい絵」という感覚について伺った。
Glass blocks, concrete walls, and rain-streaked windows. Okaji’s works depict not the landscape itself, but what stands between us and what we see.
Transparent yet obstructing the gaze, suggesting depth while remaining flat, these motifs quietly capture subtle unease and the atmosphere of everyday spaces.
In this interview, we spoke with Okaji about her childhood, her encounter with nihonga, the motifs behind her practice, and her idea of a painting she would want to hang in her own room.


岡路 貴理 / Killi Okaji
1998 東京生まれ
2022 修了作品 東京藝術大学買上げ
2023 平山郁夫奨学金
2025 東京藝術大学大学院日本画研究分野博士後期課程修了 / 絵画の筑波賞 大賞 / 長亭ギャラリー展2025 優秀賞
現在 東京藝術大学教育研究助手
─ 幼少期から、絵やものづくりは身近な存在だったのでしょうか。過去のInstagramを拝見すると、2歳くらいの頃にスケッチブックを持っている写真がありました。
両親が建築の仕事に携わっていて、小さい頃から建築が身近にあったので、多分自然と自分もスケッチブックなどに触れていたのだと思います。
両親が模型を作ったりしている隣で、木で遊んでいたり、小さい家を作っていたりしていました。
─ 美術の世界に入ったのは大学からですか。
美術予備校に高校1年生の冬くらいから通い始めました。当時は、画家のような仕事につくことはあまり想像できていませんでした。親からは「デザイナーなら仕事があるから、デザイン科に進んだらいいんじゃないか」と言われていて、その流れで美術予備校に通わせてもらっていました。
でも、予備校に通い始めると、周りに油絵や日本画など、絵を描いている人たちがいて、だんだんそちらに惹かれていきました。なので、その頃は卒業後に絵描きになることは全然想像していなかったですね。
─ 日本画の方向に進もうと思ったきっかけはありますか。
日本画か油絵かは、予備校で受験する時点で決めなければいけませんでした。
どちらにするか考えたときに、自分には「ものを見て描く」方が性に合っていると感じました。油絵は、自分のセンスや内側の感覚など、実際には存在しないものを絵に表現するような印象が強くて、そういう表現の仕方が少し難しく感じたんです。
一方で、日本画は見たものをそのまま描くことが多いように感じていて、自分にはそちらの方が自然でした。
抽象的な作品もとてもいいなと思いますが、自分の中の感情というよりも、どこかで見つけてきた実在する何かの方がきれいだなと思っていて。そういうものを描く方が、自分の中では自然な感覚があります。
─ 現在のようなスタイルになったのは、いつ頃からですか。
少し前までは、風景や街、川などを描いていました。
私は学部に4年、修士に2年、博士に3年通っていたのですが、修士2年までは、何かに強くこだわって制作していたわけではありませんでした。
ただ、博士課程に入ったときに、博士修了作品という学生として最後の作品制作に向けて、かなり時間をかけて集中できる機会があることを分かっていました。そこで、博士に入った頃から「何を作ろうかな」と考え始め、その中で現在のガラスブロックなどのモチーフに取り組むようになりました。

─ その最初の動機や、モチーフを決めたきっかけはありましたか。
日本画の学生が“日本画らしい日本画”を描くことって多いんですよね。
山や川を描いたり、茶色っぽい絵の具を何層にも重ねたり、花を描いたり。そういう作品は多く見られます。
自分の中では、見たことある同じような絵を描くということにあまり興味が持てなくて、それよりも見たことのない日本画を描きたいなと思っていました。他の人があまり描いていないモチーフでありながら、日本画の絵具とも合っていて、自分が描きたいことにもつながるものを探していました。その中で、壁やタイル、ガラスなどを描き始めて、そこから現在のガラスブロックの作品につながっていきました。
─ 今回展示されている2年前の作品では、窓の外の景色に色が入っているものもありましたよね。一方で、最近の作品はモノトーン寄りですが、意識的に変化していったのでしょうか。
そうですね、最初の頃は色をつけていました。
一番最初は色彩パターンのような感じで、もっと平面的に描いていました。
そこから、色はあるけれど少しリアルなガラスのように描いたり、その後モノクロになり、更にモノクロももう少ししっかり描き込むようになったりと、少しずつ行ったり来たりを繰り返しています。
色がある方が明るいかなとは思うのですが、風景をもう少し抽象化したくて、外の風景が何か分からないというか、その表面の模様に注目してもらいたくて、意図的にモノクロになっています。

─ コンクリート壁を描かれているのも印象的でした。あれも街中の風景から影響を受けているのでしょうか。
コンクリートは、取手キャンパスの壁を描いていたことがきっかけです。
3年間、取手キャンパス(東京藝術大学)にいたので。その時に自分の絵を描くきっかけやモチベーションが、自分の自室に絵を掛けたいというところから絵を描く行為が始まっていて。
美術館に飾りたいとか、アート市場に出していきたいということを考えるよりも、まず最初に、自分が自分の部屋に掛けたいと思える絵であってほしい。そこにあると落ち着く絵であってほしいと思っています。
感情表現とか、なんか違う異空間が生まれるっていうよりは、その壁に沿った作品にしたいと思っています。
窓ガラスの風景だとしても、それを平面として壁に飾ることができる。そういうものを描くことで、自分の空間を崩さずに絵を置けるような感覚があります。
部屋の中で「自分が見たい」というよりも、「そこにあってほしい」という感じに近いかもしれません。いわゆる鑑賞したいというより、なんとなくそこにある。視界の端にあるくらいでもいいと思っています。それだけでも、あると落ち着くとか、なんかそういう感覚がありますね。
─ ガラスの奥にはいつも何がある想定なのでしょうか。
もともと取材した場所があるので、元になっている風景はあります。
ビル群だったり、外の草木に当たる光だったり、そういうものがあるのですが、それを絵にしたときに、何が描かれているかを分かってほしいというよりは、模様として見えたらいいなと思って描いています。
─ 制作中に気をつけていることはありますか。
こだわりを抜かないようにしたいと思っています。
画面の側面や、紙の貼り方、下地などもそうですが、作品が人の手に渡ることもあるので、細部まできちんとこだわって作ることが大事だと思っています。
─ 制作の途中で、当初のイメージから変わっていくこともありますか。
制作の途中で、構成を大きく変えることもあります。今回の作品では、もともと背景に山のような風景を描いていたのですが、実際に描いてみると少し違うと感じて、コンクリートの壁に描き換えました。しばらく作品を置いて、1か月ほど経ってから「やはり変えよう」と思うこともあります。そうした試行錯誤も含めると、制作には長い時間がかかります。

─ それは新しく作り直すというより、上書きしていくような感覚ですか。
そうですね。この絵は上書きしたいと思って、下地の上にコンクリートを描いた方がいいかなと考えました。
これまでは、ガラスブロックだけで成立する作品を描くことが多かったのですが、今回はガラスブロックの絵が掛かっている壁のようなイメージで描いています。
ガラスブロックの作品から、もう少し発展させたいという気持ちがありました。ガラスブロックだけだと、どうしても奥の風景が目立ってしまうんです。鑑賞してくださる方も、奥行きや奥の景色を見る方が多い。
なので、もっと平面であることを強調できるように、壁も一緒に描いてみました。ガラスとコンクリートのコントラストも、都市的なものの中にあるきれいさとして感じていて、それを描いています。
─ 鑑賞してて感じたのが、視点がどこに合うのか分からないような不思議さを感じます。物自体はこの距離にあるんだけど、実際にこのガラスの奥はもっと先にある。さらに壁が描かれていることによって、軽いバグのような現象が自分の中で起こるような。そういった感覚は意図されていますか。
部屋に置くものとして平面の絵を描きたいと思いつつも、絵の面白さはイリュージョンが起きることにもあると思っています。
入り込めそうな隙間が絵の中にあることは面白いですし、そういう部分も好きです。
ただ風景画を描いて、異空間がそこにあるだけで終わるのではなく、平面性を持った絵として壁を描きながら、その間に少し空間がある。その差を強調するようなところが、自分の中で気に入っているのかもしれません。そもそもグリッド自体にも、奥に入り込みやすい視覚効果があると思います。編み目の奥が見えたり、逆に編み目の面が前に出てきたりする。
グラフィック的なものなのか、写実的なものなのか、どちらなのか分からなくなるところが面白いと感じていて。はっきり分かれているわけではないのに、奥行きが強く感じられる。ガラスブロックを選んでいる理由にも、そういう視覚的な効果があると思います。
─ 今回展示されている、雨が描かれている2枚は、別のシリーズなのでしょうか。
あの2枚も、自分の中では同じ感覚で描いています。
雨の日の窓越しの風景のようなシリーズで、何枚か描いています。雨の雫が窓越しに見るとストライプのように見えるなと思っていて、そのストライプ越しに見える奥の風景を描いています。
ガラスブロックの作品とは雰囲気が違いますが、感覚としては似ている部分があります。予備校の時にもともとデザイン科志望だったこともあり、デザイン的なものにも興味があります。
一度は「デザインではなく絵が好きだ」と思って絵の方向に進んだのですが、大学院くらいになってから、そのデザインも面白かったなっていうのを、また思い始めて、絵の中にデザイン的な要素をそういうのを融合できないのかなと。
絵だから風景を描く、幾何学模様は入らない、ということではなくて、でもデザインだけでもなく、絵でもある。どちらの要素も入っているようなものにしたい気持ちがあります。

─ 視覚効果についても勉強されているのですか。
そうですね。もっと勉強したいと思っています。
家具のデザインもずっと好きで、有名な椅子と自分の絵を一緒に置いたらどうなるだろう、ということを考えながら作るのも楽しいです。
修了制作のときや、以前のグループ展では、展示会場に椅子を置いて、絵の横に椅子がある状態を見せたりしていました。空間も使いながら、椅子を置くことで室内を連想できるようにしたいという気持ちがありました。
─ 今後やってみたいことはありますか?
今は藝大の助手なんですけど、助手の仕事が終わったら、制作の時間をたくさん取れるようになると思います。まずは制作の時間と、知りたいことを勉強する時間を作って、知識も制作も増やしていきたいです。
絵を正面から、きれいな場所で鑑賞しなければいけないという感覚が、自分にはあまりなく、そういう在り方もいいのではないかと思っています。
その上で、インテリアのような要素と一緒に空間を作って展示してみたいです。
ただ絵を鑑賞するというよりも、体験として感じてもらえるような展示ができたらと思っています。
先ほど、自室に飾ることが動機の一つと話しましたが、そういう感覚につながる展示をしてみたいです。インテリアも含めて、実際に部屋に絵を飾るとなると、絵がきれいに見えない状態も起こりえると思っていて。棚の奥に絵があったり、ごちゃごちゃした空間に絵がぽんと置かれていたり。
絵を正面から綺麗な場所で鑑賞しなきゃいけないみたいな感覚が自分にはあまりないので、そういうのもいいんじゃないかなと思っています。
もっと身近に絵を感じられるように、インテリアのような要素と一緒に空間を作って展示してみたいです。ただ絵を鑑賞するというよりも、体験として感じてもらえるような展示ができたらと思っています。
─ 本日はありがとうございました。

ガラスブロックや壁、窓といった身近なモチーフから、岡路は絵画と空間の関係を考えている。
作品を正面から鑑賞するだけでなく、生活の中に置かれるものとして捉える視点は、今後にもつながっていきそうだ。
Interviewer: Asuka Watanabe, Atsuya Nagata
Photo: Jun Tsuchiya (gallery installation)
岡路 貴理 / 個展
2026.6.5.Fri – 6.28.Sun
-Artist Statement-
岡路貴理はこれまで、窓ガラス、コンクリート壁、布といった、私たちの視線のあいだにあるものを描いてきた。透明でありながら、向こう側をそのまま見せるわけではないもの。かたく閉ざされていながら、光や時間の痕跡をとどめるもの。覆い、遮り、透かし、ときに像をゆがませるもの。
岡路の絵画では、そうした身近な表面が、風景を切り取るための枠ではなく、見ることそのものを考えるための場所として立ち上がる。
(現代美術史研究家 鈴木萌夏)
-Artist Profile-
岡路 貴理
1998 東京生まれ / 2022 修了作品 東京藝術大学買上げ / 2023 平山郁夫奨学金 / 2025 東京藝術大学大学院日本画研究分野博士後期課程修了 / 絵画の筑波賞 大賞 / 長亭ギャラリー展2025 優秀賞 / 現在 東京藝術大学教育研究助手
【開催日時】2026年6月5日(金)- 6月28日(日)
【開館時間】12:00-18:00 (月曜、火曜休館)*6月28日(日)は16時まで
【会場】K Art Gallery
Instagram: killi_okaji
Website: https://www.killiokaji.com/