Room
MITSUMUNE LEE 李 光宗
空気感や気配といった「気」をテーマに制作する李 光宗さんに、個展『Room』に込めた思いや、日々の感覚と作品とのつながりについて伺いました。


李 光宗 / MITSUMUNE LEE
1991年 中国湖南生まれ
2015年 中央美術学院卒業(中国・北京)
2020年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了
2026年 同大学院美術研究科博士後期課程修了
「気」をコンセプトに、オブジェや絵画を制作しています。
─ 作品制作で一貫してテーマにされている「気」について、教えてください。李さんにとって、気とはどのようなものですか?
自分の中で「気とは何か」という考えは、制作や研究を続ける中で、どんどん変わってきました。
僕は中国出身で、日常会話でもよく「気」という言葉を使うんです。例えば、体に湿気が溜まるとか、「火の気」があるとか。小さい頃、焼いたみかんをよく食べていたんですけど、それを食べて鼻血が出ると、「火の気」があるからだと言われていました。そういう環境の中で、気に対するぼんやりとしたイメージはあったんです。でも、それをどう言葉にするかまでは考えていませんでした。
「気って何だろう」と考え始めたのは、修士の修了制作のときです。「気を感じる風景」をテーマに作品を作ったんですけど、その頃はまだ、緊張感やぼんやりした感覚を、視覚的なイメージとして捉えていました。例えば、一滴の水からブワンと広がる波紋。水墨で、紙に墨汁を落としたときに広がる、にじみのようなもの。そういうイメージを使って、気を表現していたんです。博士でも同じテーマで研究を続けて、今は、気を「身体的なもの」と考えています。ここでいう身体は、心と体を分けずに捉えたものです。東洋の身体観では、心と体が互いに作用しているんですよね。「この人、オーラがあるな」と感じるときも、外見だけでなく、その人から受ける心理的な感覚がある。そういうものを含めて、僕は気を身体的なものとして捉えています。
─ 視覚だけでなく、湿度や匂いなど、五感で感じるものでもあるんですね。
そうですね。例えば、風水では「この場所は気が悪い」と言いますけど、僕はそこに、地理的な要素もあると思っています。南向きかどうか、湿度、風、日当たり。どれも人間の暮らしに大きく影響しますよね。そういうものを全体として捉えるときの言葉が、やっぱり「気」なんです。漢方にも「気・血・水」という考え方があるように、気は身体や暮らし、信仰ともつながっています。
─ 気に関心を持つようになったきっかけは何でしたか?
日本に来てから訪れた、神社です。気という概念は知っていましたが、実際の空間の中で強く感じたのは、日本の神社でした。
緊張感や、奥深い闇、オーラや気配。「この空間は何だろう」と考えたくなったんです。中国にも宗教的な施設はありますけど、同じ東洋文化でも、自然や神様に対する捉え方が微妙に違うように感じます。中国では、豪華な見せ方を通して「神様の力は強いぞ」と伝える。一方、日本では、神様を恐れ、敬いながら、距離を保って向き合う。そのための境界が、いろいろなところに作られているように思います。
特に興味を持ったのは参道です。まっすぐな道もあれば、曲がった道もある。人が移動する中で、どう気を感じるか。参道には、そのためのデザインが潜んでいると思っています。

─ 特に印象に残った神社はありますか?
伊勢神宮と出雲大社です。伊勢神宮では、道を曲がりながら、どんどん奥へ進んでいきます。出雲大社では、くだって森に入ると、まっすぐな道が現れる。両側に松の木が並んでいて、まるで迎えに来ているみたいなんです。そのままお参りする場所へ向かうのかと思うと、最後に少しずれる。その考え方は、中国にも似ていると思いました。まっすぐな道だと、悪いものもそのまま入ってくる。中国では、それを避けるために壁を作って、両側から回り込むんです。出雲大社では、道が少しずれていても、歩いている人はあまり意識しない。自然に進んでいける。その設計が、にくいというか、すごいですよね。
─ 日本人にも、参道の真ん中を歩かないようにするなど、その感覚はなんとなく根づいている感覚がありますよね。
東洋では、対になるものがあると、その真ん中に特別な領域が生まれるんです。阿吽の狛犬もそうですよね。中国にも同じような感覚があります。そういう空間の作り方にも、気を感じます。
─ ステートメントにある「悲しみや寂しさ、小さな幸せ」といった感情は、気とどうつながっていますか?
気を感じる瞬間は、身体が変化する瞬間だと思っています。気持ちや感情の変化も、その一部です。「気分が悪い」「気が落ち込む」「気が散る」といった言葉がありますよね。悲しみや寂しさのように、一見マイナスに思える感情も、自分の身体が少し変化した瞬間だと捉えています。でも、それだけを表現すると、美的なものが少し欠けてしまう気がする。その中に、小さな希望や優しさ、幸せも感じられるようにしたいんです。例えば、カーテンの絵には切なさがあるけど、気持ちのいい匂いも感じられる。そうした小さな感情の動きを、光や陰影、空白を借りて表現しました。

─ 作品の中の部屋にも、静かな感情があるように感じます。
自分の部屋って、一番落ち着ける空間ですけど、その中でも感情は微妙に動いている。それを表現したいんです。
カーテンを開けて、「今日、雨だな」と思う。ずっと雨だったのに、急に晴れて「うわっ」と思う。その一瞬にも、身体の変化がある。人間は、日々の中で変化し続けていると思います。
日本には「旬」という言葉がありますよね。その季節の食材を食べる。大げさに言えば、地球の呼吸に合わせて一緒に生きるような感覚です。
─ 気や感情を表現するために、構図や余白で意識していることはありますか?
構図はすごく考えます。余白をどこに置くか、何を中心にするか。オブジェでも、何もないところに「何かがある」と感じられるように意識しています。
僕が木材で作品を作るときは、即興なんです。設計図は描きません。今回の小さなオブジェには、博士展の制作で残った端材を使っています。きれいな木がたくさんあって、捨てられないので。一つの木を見ながら、「ここを削りたい」「ここはいらない」と形を変えていく。そこに、横向きの木材を一本はめてみる。そうやって、空白の力を感じながら作っていきます。
例えば、L字の木を差すと、何もない側にも何かを感じるじゃないですか。強調しすぎたと思ったら、別のものを入れて和らげる。ポイントが足りないと思ったら、一本、ピンと加える。
最後にバランスを整えて、「これだ」と思う。竜を描いて、最後に目を入れるような感覚です。

─ 平面作品の余白にも、微妙なグラデーションや色の重なりがありますね。遠くから見ると一つの面に見えるけれど、近づくといろいろな要素がある。下から違う色が見えたり、少しキラキラしていたり。
そう見てもらえて嬉しいです。それは岩絵具の特徴なんですよね。粒子と粒子の間から、下地の色が見える。それがすごく好きで、気を表現するなら、これだなと思いました。
光を描く作品でも、光が余白なのか、影が余白なのかは、作品によって違います。
以前、ここで展示していた清水 雄稀氏*の文章に、丸そのものを描くのではなく、周りを描いて丸を生み出す、という話がありました。彼自身も、星の周りを塗ることで、星を残して描くと書いていて。あの考え方が好きなんです。
それを読んで、自分も、明るい絵具で光を描くのか、それとも影を描くことで光を生み出すのか、考えました。
実際には、両方のやり方があります。暗い下地を作って、遠くから見ながら光の位置を決め、明るい色を重ねる。逆に、明るく、少し暖かい色を全面に塗ってから、影を入れてバランスを整えることもあります。
*清水 雄稀 / 陶芸家 東京都三鷹市生まれ。 2022年に東京芸術大学美術研究科・工芸専攻陶芸研究室を修了。 現在は茨城県・取手市に自宅兼アトリエを構え、作陶を行う。
─ 中国で美術を学び、その後、日本で研究と制作を続けてこられました。日本での生活によって、ものの見方や表現は変わりましたか?
変わりましたね。僕は、その場所の文化に合わせて、物事を積極的に捉えようとするところがあります。
中国にいた頃も、本や先生の教えを通して、日本の美意識はなんとなく知っていました。「わびさび」や「余白」など、中国にも近い意味があるので、理解はできるんです。
でも、日本語を学ぶんでいく上で、翻訳だけでは伝わらないニュアンスが、もっと深くわかるようになりました。
一方で、「理解して見方が変わる」ことと、「感じて見方が変わる」ことは、別だと思っています。藝大の「古美研」という、古美術を見る旅行で木造建築を訪れたときも、中国と同じ木造建築なのに、違う気を感じました。
言葉や知識を学ぶことと、実際にその場所を体験すること。その両方を通して、自然に見方や感じ方が変わっていったんです。身体のほうも変わっているんじゃないかと思います。
上海のレジデンスで久しぶりに中国で暮らしたときは、人との距離が近くて、慣れなかったんですよ。
その場所に住んで、ものを食べて、季節を感じて、言葉を話す。それによって、感覚は変わるんですよね。
特に、言語は大きいです。頭の中で物事を考えるとき、使う言葉によって考え方が違う。だから、その環境にいるときは、なるべくそこの言語で考えるようにしています。

─ 上海での滞在制作では、日本との違いを感じましたか? それは作品にも表れていますか?
まず、なぜ上海に行ったかというと、博士の在学中に、海外で制作してみたいと思ったんです。最初に行きたかったのはイタリアでした。僕のテーマは東洋的なので、西洋に行けば、対比を通して東洋のこともわかるかなと。
でも、考えてみると、日本に来てからの10年間、ほぼ日本にいたんですよね。中国に帰っても、1週間ほど親と過ごして、すぐに戻っていた。「この10年、俺、中国で生活していないんじゃないか」と思いました。
改めて3、4か月暮らしてみたら、感覚がどうなるだろう。それに興味があって、住んだことのない上海を選びました。
滞在先は、観光客でにぎわう街の中心にある、古い文化財のホテルでした。一番変わったのは、スケール感です。道も広いし、天井も高い。「でかっ!」って。周りの環境が変わると、自分も気が大きくなるというか、楽しくなっちゃうんです。
日本では、木材がピシッと垂直にならないと嫌だ、というくらい几帳面に作っていました。でも、上海で材料を探すと、欲しいように製材された木がなかなか手に入らなかった。持ってきてもらったのは、原木の丸太だったんです。
そこから四角く製材するのも大変なので、今までのやり方にこだわるのは違うなと思いました。街のワイワイした雰囲気の中で、叩いて、ザーッと大胆に彫ってみようと。
そこで、木を彫るときと、宮大工のように組むときでは、身体の感覚が全然違うと気づきました。似た道具を使って、材料も同じなのに、気持ちが違う。
彫るときは、楽で、発散する感じなんです。絵を描いているみたいに、バババンと彫って、少し遠くから見て、また彫る。
その経験があって、博士展でも「曲がっていてもいいじゃん」と思えるようになりました。そもそも木なので、いずれ曲がるんですから。中国の「何でもいいよ、いいよ」という雰囲気もあって、自分が少し柔らかくなったんですよね。
─ 今回の立体作品に原木らしさが残っているのも、その経験からですか?
そうです。今回、《不在》という作品が2点あります。一つは、燃やすことで空白を作ったもの。もう一つは、自分で彫ってから、表面を燃やして黒くしたものです。
後者は、上海や博士展での経験を生かして、今回の個展のために作りました。展示している作品は、以前発表した3点ほどを除いて、ほとんど新作です。

─ 今回の展示で、鑑賞者にはどんな体験をしてほしいですか?
まずは、自由に感じてもらいたいです。「理解しよう」とするより、直観してほしい。
気は身体的なものなので、それぞれの人の身体や記憶、感情によって、感じ方は違います。この絵を見て気持ち悪いと感じる人もいれば、「香りを感じる」と思う人もいる。それは、当たり前のことだと思います。
その中で、共感できる部分があったら、すごく幸せです。
─ 今後、取り組んでみたい表現やテーマはありますか?
いろいろな技法や素材に触れながら、制作を続けたいですね。最近は漆をやっていて、石も使ってみようかなと思っています。気をどう具現化していくか、挑戦し続けたいです。
僕は、東洋の人には、西洋とは違う物事の捉え方や見方があると思っています。遺伝子レベルで持っているような、普段は気づかない感覚。気は、その一部です。それを生かすことが、僕らならではのクリエイティビティにつながると信じています。
でも、調べていくと、西洋にも似た考え方があるんですよね。清水先生*から教えていただいた、空間の中の「無銘の質」という言葉もそうです。確かに何かがあるけれど、名前をつけられない。
そういうものを探していくと、人類は同じことを目指しているんじゃないかと思うようになりました。だから、東洋と西洋を分けたくなくなってきたんです。
アフリカの彫刻にも、とても気を感じます。信仰や、石、木材といった素材を通して、通じ合うものがあるんですよね。
**清水泰博氏 環境建築家、東京藝術大学名誉教授
─ お話を伺って、作品の中の光や余白を、改めてゆっくり感じてみたくなりました。今日はありがとうございました。
Interviewer: Asuka Watanabe, Atsuya Nagata
Photo: Jun Tsuchiya (gallery installation)
Room
李 光宗 個展
2026.10.2.Fri -10.25.Sun
-Exhibition Concept-
私は空気感や気配といった「気」をコンセプトに、素材や技法にとらわれることなくオブジェや絵画などの作品を制作しています。
今回の初個展《Room》では、空白や断片、陰影などを取り入れた作品によって、柔らかな雰囲気の中にある悲しみや寂しさ、そして小さな幸せを感じる風景を表現しました。
ご覧いただく方にも、作品の中にあるさまざまな「気」を、一緒に感じていただけたら幸いです。
-Contribution text-
李光宗の関心は「気」にある。そこで日本の神社空間や「柱」を、また水滴が作り出す波紋現象の研究などをし、東京藝術大学で博士論文を書いた。今回の作品群はそれらの考えの延長線上にある。
山や滝や岩や樹木といった自然の中に神を見出した古の日本人は、簡素な構築物の中に「気」が生まれることに気づき、それを建築化してきた。「気」は心で感ずるもので、現代の空間でも自然は風や音や陰影によって空間に動きや揺らぎや静寂を作り出し、独自の「気配」を作り出す。そして我々は五感でその「気」を感ずる時がある。
今回の作品群は李光宗が特に室内で「気」を感じた瞬間を視覚化しようとする試みである。
(環境建築家、東京藝術大学名誉教授 清水泰博)
-Artist Profile-
MITSUMUNE LEE / 李 光宗
1991年 中国湖南生まれ
2015年 中央美術学院卒業(中国・北京)
2020年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了
2026年 同大学院美術研究科博士後期課程修了
「気」をコンセプトに、オブジェや絵画を制作しています。
【開催日時】2026年10月2日(金)- 10月25日(日)
【開館時間】12:00-18:00 (月曜、火曜休館)
【会場】K ART GALLERY
*10月25日(日)は16時まで

Instagram: mitmune_lee
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