遠い土地の夜を見ている
Sayaka Miyauchi
今回の展示では、作家の画風や素材、スケールにこれまでとは異なる変化が見られる。
海外での経験や新たな素材との出会いをきっかけに、表現はこれまでの延長にありながらも、異なる方向へと展開しはじめている。
本展を通して、その変化の背景と現在地について話を聞いた。
This exhibition builds on the artist’s past work while marking a moment of reflection and renewal. Shifts in materials, color, and spatial approach point toward new directions. We spoke with the artist about this process and their current perspective.


宮内 紗也果 / Sayaka Miyauchi
1996年生まれ。
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業。
グラフィックデザイナーをする傍ら、アーティストとして作品制作を行う。
─ 前回の展示から画風、素材、サイズ感など、全体的に変化が見られます。何かきっかけなどがあったのでしょうか?
理由はいくつかあるのですが、ずっと変わらなきゃいけないとは考えていました。
以前、アーティストはアップデートしていかなければいけない、という話を聞いたことがあり、その言葉がずっと頭に残っていたんです。土屋さん(K ART ディレクター)からも「ここで2回目の展示をやるなら、絶対に変えた方がいいし、きっかけにした方がいい」と言われていて、ここ最近はずっと「変えなきゃいけない」と思い続けていました。それが1つ目です。
2つ目は、5、6年間変わらないトーンで描いていることが、だんだん新鮮さを感じられなくなっていました。手順も決まってきていたし、やり方も分かってしまっているし、これぐらいの時間でこの作業が終わるとか、全部わかっている状態になってしまっていたのでつまらなくなってきていました。このまま何十年も同じスタイルで描き続けるのかと考えたときに、その未来はまったく見えてこなかったんです。
3つ目は、昨年ニューヨークに行く機会があり、日本画の先生のもとでアシスタントをした経験です。その際、ニューヨークのアーモリーショー* などの有名なアートフェアや美術館を回り、海外のアーティストたちに触れる中で、「今の自分の表現では戦えない」と感じました。向こうの質感や価値観を求める人たちの中に、自分の作品が並ぶイメージが持てなかったんです。だからこそ、より純粋な表現に向かう方向へシフトしようと、今回の展示を機に変えていこうと考えました。
* アーモリーショー(The Armory Show)
1913年にニューヨークで初開催された、アメリカで初めてヨーロッパのモダンアート(印象派、フォーヴィスム、キュビスムなど)を大規模に紹介した歴史的な国際現代美術展

─ 今回の展示の作品の表現に落ち着いたのは、どんな背景があったんですか?
ニューヨーク滞在中に、日本画について教えてもらっていたんです。技法や画材の扱い方の話を聞く中で、日本に帰ってきたら岩絵具に取り組もうと思っていました。この展示でもそれを使って制作しようと考えていました。
ただ、実際に向き合ってみる中で、自分のこれまでのテイストを大切にしたいという気持ちもあり、試行錯誤もした中で、最終的に今回の表現に落ち着きました。制作に着手したのも、ニューヨークから帰ってきた今年の1月頃ではありましたが、その中でできる形を探っていきました。
また、ニューヨークで触れた素材や環境からも影響を受けていて、たまたま現地の画材屋さんで無加工の麻のキャンバス地を見つけて、日本では珍しいと思って5メートルほど購入していたんです。そのキャンバスを使って、水分を多めに含んだアクリル絵の具で描いてみたところ、これまでとは少し違う見え方で表現することができそうだなと思いました。
いろいろと試行錯誤を重ねる中で、自分にとって自然に扱える方法を見つけていき、結果としてこれまでの延長線上にありながらも、新しい見え方に繋がる表現になったと思っています。
─ ステートメントにある「地球影」という言葉は、どのようなきっかけで見つけたのでしょうか?
岩絵具を試す段階から、「夜を描く」という新しい挑戦は最初から決めていて、夜や土地、風景といったキーワードはある程度固まっていました。そこから展示タイトルをどうするか考えていく中で、「地球影」という言葉に出会いました。
─ 風景を描く時に、時間という概念は意識されているのですか?
あまり特定の時間を意識しているわけではないのですが、自分が好きな空の感じというのはずっとあって、それは変わっていないと思います。今回「地球影」という言葉を知って、自分が惹かれていた空のタイミングがその現象だったんだと気づきました。
振り返ってみると、これまでの作品も夕方や朝に移り変わる瞬間のどちらかを描いていたのかもしれません。当時はそれを明るいトーンで表現していました。自分の中でも好きなタイミング、好きな時間などあったのかなと思います。

─ 制作の前に、自ら足を運んで景色を見に行かれたりもしますか?
景色はよく見に行きますね。旅行に行く度に景色の写真を撮るんですよ。毎年1回は遠出していて、海外とか、九州の方に行ったりとか。その時の景色をたくさん記録しています。
それをモデルにするということではないんですけど、その写真の景色にあるラインを沢山なぞって、手に覚えさせるみたいな時間があります。
作品を描く前にそういうプロセスを踏んでいて、これまでに行った場所の蓄積した写真を使うこともありますし、意外と家の近くの景色から着想を得ることもありますね。
─ 地形や光の捉え方に、過去作との違いが見られますよね。
今回そういう表現になった理由は、「地球や遠い土地の夜を見る」というテーマにしたことがきっかけです。光と影の調整にはかなり時間をかけました。これくらいの色面で暗さを出すなら、光はこのくらいに抑える必要がある、といったように、色彩のバランスにはある程度のルールがあるので、それに合わせて少し形を変えたりしています。
自分の感覚だけに頼るのではなく、全体のバランスを見ながら調整する時間を今回は意識的に増やしていたので、そこがこれまでとの違いとして表れているのかなと思います。

─ ステートメントにあった「色との向き合い方が複雑になった」というのはそういった経緯だったんですね。
そうですね。前は単純に好きな色をただただ乗せていた感覚があったんですよね。以前は、個展の一体感を作るために混色した色をストックして、使い回しながら制作していたんです けど、その結果、だんだん効率的に描く手段になってしまっていました。
今回は、作品1枚ずつそれぞれの色を作っていました。それでも統一感を持った空間を作りたい気持ちがあったので、1色1色を全部作って、ものすごい量の色数になっていましたね。色作りにかける時間はすごく増えたし、考える時間も増えて、その分、向き合い方がより複雑になっていったのだと思います。
黒にもいろんな黒があるじゃないですか。これまではカラフルな色彩が好きで使ってきましたが、今回黒がベースになっても、その中にある色の豊かさは残したいと考えていました。実際にいろいろな黒を作って、夜のシーンを描いたことで、自分の中にある色の捉え方がより複雑になったと感じています。
─ 以前は、そこまで混色していない原色に近い色を多く使われていた印象ですが、今回はかなり混色されていますよね。これまでの紗也果さんの作品ではあまり見たことのない色も多く感じました。
そうですね。今はそのトーンがすごく好きですね。
─ 紗也果さんの作品は支持体も特徴的ですよね。今回も平面だけではなく、筒の中に入って鑑賞する作品がありましたが、あれはどのような意図があったのですか?
あれは、山の頂上に立っているような感覚を体験できる立体作品として制作しました。前回の展示では筒状の作品をつくり、その周りを鑑賞者が回るスタイルにしていたのですが、今回は逆に、鑑賞者が筒の中に入って鑑賞する構造にしています。
自分は立体が大好きなので、個展をやる際には絶対に何か立体作品を作って、来てくれた人が平面ではない違う体感ができるようなものを作りたいといつも思っています。

─ 作品との距離感が固定されている点も面白いですよね。絵は遠くから見たり近くから見たりと、見方が委ねられていると思うので。
筒の中に入ってくれた方が、みなさん「わー」と反応してくださるんですよ。それがすごく嬉しくて。入ると何かしら反応してくれて、写真も撮ってくださったりして、作ってよかったなと思いました。
やっぱり、自分の作ったものが空間に置かれることが好きなんです。絵はどうしても正面からの鑑賞になりますが、立体は360度ぐるっと見て回りたくなるじゃないですか。そういうところに魅力を感じています。
─ グラフィックデザインの側面もお持ちだと思いますが、作家活動との違いや、意識していることはありますか?
全く別のものとして捉えています。でも、どちらも好きです。
デザインの仕事は、制約をクリアしながら最終的な形にたどり着くプロセスには、アーティストの制作では得られない面白さがあります。自分では想像していなかった着地になることも多く、その意外性が魅力だと感じています。もともとデザインを学んできたこともあって、チームで協働しながらものを作ることも好きなんだと思います。
アートの制作はどうしても孤独な時間になりがちですが、会社では人と関わりながら進められる。その行き来が自分にとってはちょうどよく、デザインとアートがお互いに良い影響を与え合っている感覚があります。デザインで行き詰まることがあっても、自分の制作に戻ることでまた前向きになれて、その状態で仕事に戻れる。そのバランスが今の自分には合っていると感じています。
─ ゆくゆくはどちらかに絞っていくことも考えていますか?
いずれは絞る必要があるのかなとは思っています。ただ、今はまだどちらも続けていきたい気持ちが強いです。デザインの仕事も好きですし、アーティストとしての活動も続けていきたい。
以前はどちらかに決めるべきなのかと悩んでいた時期もあったのですが、「今は両方を100%でやればいい」という言葉をもらったことがあって。それを聞いて、今はこのバランスで進んでいこうと思えるようになりました。
─ 作家として、今後さらに変化していく予感はありますか?
今回のテイストをきっかけに、より様々な画材や素材に踏み込んでいきたいと思っています。以前からその意識はあったのですが、今回の展示を通してよりはっきりしてきました。
これまでは「可愛いですね」と言っていただくことも多く、それはそれでありがたいことだと思いつつ、自分の意図とは少し違う受け取られ方をしている感覚もあり、少し不思議な気持ちになることもありました。感じ方は人それぞれなので大切にしながらも、自分としてはもう少し違う方向に進みたいと思っています。
これからは、より幅広い素材や表現の中で作品を発表していきたいですし、国内外問わずさまざまな場所で展示していきたいと考えています。そのためにも、新しい画材や素材への挑戦を続けながら、自分なりの形に着地させていきたいと思っています。

本展は、これまでの延長にありながらも、新たな方向への展開を明確に示している。
その変化は、色や光の扱いの中に確かに現れている。
今後どのように広がっていくのか、自然と関心が向かう。
Interviewer: Asuka Watanabe, Atsuya Nagata
Photo: Jun Tsuchiya (gallery installation)
遠い土地の夜を見ている Sayaka Miyauchi 個展
2026.4.10.Fri – 5.3.Sun
-Artist Statement-
惹かれる色が変わったのか、表現の幅が増えたのか、色との向き合い方が複雑になってきているように感じます。
ですが、変わっていく感覚のなかにも変わらずそこに在り続けるものがあります。
ずっと好きで描いてきた、あの風景の一瞬は「地球影」と呼ばれる地球の影でした。
名前を知ったことで、描いてきたものの意味が私のなかで輪郭を持ちはじめ、描く理由も、そこに込める思いも以前より強く確かなものになったように思います。
本展は、今の私とこれまでの私が、混じり合った変化の先にたどり着いた現在地です。ぜひご覧いただけましたら幸いです。
-Artist Profile-
宮内 紗也果
1996年生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業。グラフィックデザイナーをする傍ら、アーティストとして作品制作を行う。
【開催日時】2026年4月10日(金)- 5月3日(日)
【開館時間】12:00-18:00 (月曜、火曜休館)*5月3日(日)は16時まで
【会場】K Art Gallery
Instagram: sayakaegg
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