肉と骨
MERIYAS MIDORI
身体や存在といったテーマは、目に見えるかたちを通して、どのように捉えられるのか。 グラフィックデザインを背景に持ちながら、独自の表現へと移行してきた彼の制作は、身体感覚や素材との関係へと意識を広げている。 本展をきっかけに、その現在地について話を聞いた。
How can themes such as the body and existence be understood through visible forms? With a background in graphic design, his practice has gradually shifted toward a more personal expression, expanding into an awareness of the body and material itself. On the occasion of this exhibition, we spoke with him about his current position.


MERIYAS MIDORI
1989年生まれ、多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。
広告制作会社のデザイナーを経て、2022年よりイラストレーター/アーティストとして活動。
モノクロームの人物やモチーフで、繊細さと力強さを纏う独特な質感表現の作品を制作している。
─ グラフィックデザイナーとして長く働かれた後、現在は作家として活動されています。どのような経緯で現在の制作活動に至ったのでしょうか。
最初は普通に絵を描くという意識もなく、大学のときもグラフィックデザインをやっていて、イラストの授業も取ってなかったです。
社会人になってデザインの仕事をしていて、ずっと「これ一本でやっていくのか?」みたいなことは考えていて。
あと、AIも入ってきて、デザイナーの意義みたいなものが結構薄れかけてきてるな、というのも感じていました。
この先10年、20年デザイナーとしてやっていくとなると、“先生系”というか、その人の色がはっきりある人じゃないと厳しいのかな、と思い始めていました。
でも広告制作の現場でそれを出すっていうのは、なかなか難しい部分もあるじゃないですか。
そういうのもあって、自分としては70歳くらいまで何かを作る人間でいたいな、という気持ちはあったので。
イラストじゃなくても、そのときは「表現」というか、自分らしいアウトプットが欲しいなと思ったのが、最初のきっかけだったかなと思います。
─ 長年働いた会社を辞める決断をされた決め手はありましたか?
イラストの方で「いい」って言われる事もあって、こっちに1回力入れてやってみたいなって思ったのがきっかけかな。 一度、退路を断つというか、腰を据えてやる必要があるなと思って。仕事と両立するのはなかなか難しいなというのもありました。
あと、同じ事務所に9年いたので、10年いく前に辞めたいという気持ちもあって。10年いたら、そのまま一生いるかもしれないなと思ったんですよね。
─ 職場の居心地はどうでしたか。
居心地はよかったです、でもそれが良くないですよね。
10年近くいると、仕事の進め方も分かってくるし、いろいろ融通もきくようになって。
自分は中間管理職の上の方のポジションだったので、下にもある程度強く言えるし、上に対しても、嫌とは言わないけど「これはやりたくないのでやりません」と言えてしまうような立場でした。
手も動かすし、ディレクションもするし、という感じではあったんですけど、このまま同じ環境にあと10年いたら、自分はたぶんダメなクリエイターになるなと思って。それで、辞めることにしました。

─ 現在の白黒を基調とした作風は、以前から続いているものなのでしょうか。
それを遡ると予備校までいっちゃうんですけど。予備校生のとき、当時は白い背景がすごく流行ってたんですよ。藝大の平面構成も、白い背景の作品が多かったです。
でも、自分はそのときちょっと気持ちが落ちていた時期でもあって。かなりバッドな状態のときに、「じゃあ今日は真っ黒にしてみよう」と思って、全部黒でやってみたんです。それがすごく自分の中でしっくりきたし、評価もついて。そこから後半はずっと黒をベースにやるようになりました。
大学の課題でも、黒を使うと自分の中でハマる感覚があったし、仕事でも自分の裁量でやれるときに黒い背景でやると、やっぱりピタッとくる感じがあって。
自分の中では黒はずっと、身近で頼りになるというか、体にフィットしている表現ですね。
制作もまず、黒ジェッソ*を使って、その上からさらに黒のアクリル絵具を塗って、ベースを作るという手順でやっています。
原画は最初にデジタルで一度ラフを起こすので、そこでピッチとかは調整してますね。その後に下書きをするので、同じ線を最低でも2回は描かなきゃいけない。
構図自体は下絵から大きくは変わらないんですが、制作しながら「インクだとこう見えるんだな」といった発見もあり。ライティングの見え方や黒の質感は、最後は定着の中でなりゆきに任せているところもあります。
*黒ジェッソ: アクリル絵具や油絵具の定着を良くする、つや消し黒色のアクリル系下地材
─ グラデーションの表現はどうやっていますか?
基本は線を描いてからエアブラシでグラデーションを作っていくので、あんまりやり直しが効かない。やっちゃった、失敗しちゃったみたいなことはたくさんあります。面倒くさい表現を選んでしまったと思ったけど、でも淡々とやる事が自分には合っている気がします。
線の表現については、シルクスクリーンでやることも一時期試していたんですが、どうしてもコントロールしきれない部分があって。
細部まで自分でコントロールしようとすると、やっぱり手で描くしかない、という感覚になりました。ただ、描き始めの最初の2〜3本はすごく不安で、線がひょろっとしてしまったり、密度が出てきたときに逆に頼りなく見えてしまったりして。
そのあたりは、最初はかなり手探りでしたね。面白いのかこれ?って、書いてて思ったりもしますけど、画面いっぱい完成に近づいたときは、なんかこうほんとただの線じゃなくなる瞬間がありますね。やっぱその時だけ気持ちいいのかもしれないです。

─ 下地のテクスチャ感も今までの作風とは違う感じですね。
今回のは初めて試しました。人間の皮膚の角質とかシワ、血管とか、目に見えない傷の蓄積みたいなものを、下地で表現したくて。下地で生っぽい感じを出したくて、あえて凹凸をつけています。 あと、もともとキャンバスの質感があまり好きじゃなくて。縫い目みたいな感じが、自分の中であまりハマらないんですよね。 そのまま線を描くと、生っぽい線になってしまうというか、密度を出しても質感として乗ってこない感じがあって。 そこは結構研究しましたね。 大きい作品だと、一度すべて線を描いたあとにテクスチャーをやり直したりもしました。
─ かなりの作業量ですね。
そうですね。 ただ、見に来る人の中には「大変そう」「すごい」と言ってくれる人もいて、それはとても嬉しいんですけど、別に10分でできてもいいじゃないかとも思っていて。 手数がかかっていることへの“すごさ”がそのまま価値にならなくてもいいな、という感覚もありますね。
─ 制作に向かう動機やスタンスについても教えてください。
どちらかというと、「描かなきゃ」という気持ちの方が強いですね。使命感に近いかもしれないです。俺は一生、物を作って生きてくるんだ、その星のもとの人間なんだって言う使命感。
僕は、いわゆるナチュラルボーンペインターではないんですよ。呼吸するように絵を描いている人とは違う。そういう人は純粋にすごいなと思います。
誰かに対してというよりは、自分自身のスタンスの問題で。誰かのためというよりは、自分に対してのものですね。この先も続けていくためには、今ちゃんと毎日やっていないと無理じゃないか、みたいな。そういう意味での使命感に近いと思います。
─ 70歳まで続ける前提で考えると、逆算すると今やっていないとダメでしょ、的な感じでしょうか。
ああ、そうかもしれないですね。70歳までやると考えると、そこから逆算して、今やっていないと間に合わないな、という感覚はあります。この先も続けていくためには、やっぱり日々やっていないと無理だと思うので。そういう意味での使命感に近いのかもしれないです。

─ 今回の展示タイトル「肉と骨」や、作品のステートメントについて教えてください。
「肉と骨」というタイトル自体は、結構最初の段階で決めていました。去年の5月くらいに打ち合わせを始めたときには、もう出ていたと思います。ただ時間はあったので、後半は結構悩みましたね。英語にしようか、とかは土屋さん(K ART ディレクター)とも話していて。でも最終的に、自分の中でしっくりきたのがこのタイトルでした。
今回は、力とか強さとか、根源的なエネルギーみたいなものを表現したかったので、あまり気を衒ったタイトルや、回りくどい言い方は合わないなと思って。展示の内容的にも、ストレートな言葉の方がいいなと。それが「肉と骨」になった決め手ですね。
─ 今回の作品の方向性やテーマは、どの段階で決まっていたのでしょうか。
方向性は、タイトルを決める前からありました。
前に体調を崩してからジムに通うようになって、その中で筋肉の動きとか、体のことを考える時間が増えて。この動きでここが動くんだ、とか、そういうことを考えながら、肉体をテーマにするのはいいかもしれないなと思っていました。
もともとドクロも好きなモチーフで、人間というか生物の身体とか死については、ずっと考えていたテーマでもあって。小学生くらいの頃からドクロばかり描いていたので、親は結構心配していたと思います(笑)。今でも、ドクロだけは何も見ないで描ける唯一のモチーフですね。
─ 今回の制作には、身体そのものへの意識も大きく影響しているのでしょうか。
そうですね。単純に、体が丈夫じゃないと続けられないっていう実感があって。もともとは体調を整えるくらいの気持ちで始めたんですけど、やっていくうちにハマっていって、体が変化していくのも面白かったんですよね。一時期は体調を崩して、体重が落ちてしまって痩せていたんですけど、そこから増量して、今はまた少し落としている状態です。そういう身体の変化も、今回のテーマにはつながっています。
強くなろう、という気持ちはあるんですけど、それは暴力的な意味ではなくて、あくまで制作を続けるための強さというか。結局は気持ちの問題でもあると思っていて、体調がいい方がいいものが作れるし、身体的な強さがあることで安心感が生まれるんですよね。
あとは、突き詰めると「強さ」というより「安らぎ」に近いのかもしれないです。強い体があることで心も安定するし、お守りみたいな感覚というか。ストレスも減るし、次の日に疲れが残らないだけで、できることの幅が変わってくる。やっぱり「続ける」ために、そういう身体的なベースはすごく大事だと思っています。

─ シンメトリーな構造も印象的ですね。
そうですね。そこは土屋さんが「人間の体って左右対称ですよね」と言ってくれたのがきっかけで。
最初は具体的に腕や足を描こうと思っていたんですけど、制作していく中で、もっと抽象的に、ぱっと見では何かわからないけど、生命力や“肉っぽさ”を感じる方がいいなと思って。その中でも左右対称にすることで、生命感や肉体性が伝わるんじゃないかと思って、そこは全体に反映しています。
─ シンメトリーを手で描くことや、今回の線の表現について、どのような意図やプロセスがあったのでしょうか
そうですね。シンメトリーを手で描くって、かなり自分を追い詰めてる感じはあります(笑)。
ごまかしがきかないので、少しでもズレると成立しなくなるんですよね。幅が違うと一本足りなくなったりして。両利きになりたいなって思います。
でも、手で描くことでわずかに差が出るのが、身体っぽさにもつながっている気がしていて。よく見ると線の幅やピッチも少しずつ違う。
この線の表現自体は以前からあって、例えば髪の毛の一部に使うような感じで、部分的には使っていたんですけど、どこかでこれをちゃんと突き詰めるタイミングが必要だなと思っていました。ただ、これを手で全面的にやるととんでもないことになるなと思って、ずっと避けていたんですよね。
でも今回は、これを逃げずにやるにはいい機会かなと思って。この表現に合うモチーフもずっと探していて、いろいろ試していく中で、最終的に筋肉の筋繊維にしっくりきた、という感じです。「肉と骨」というテーマとも重なって、いろんなタイミングがうまくハマった感覚があります。
この細い線をひたすら描くことの意味みたいなものを、ずっと探していた部分もあったんですが、今回はそこに迷いがなかったです。

─ 今回の作品を通して、「人間」についてはどのように考えていますか。
人間というよりは、「生物」として捉えている感覚の方が近いかもしれないですね。もともとH.R. Giger*が好きで、その影響も大きいと思います。今回も、人間に限らずいろんな生物の筋肉や骨格を調べていて、ワニとかはかなり独特で、ちょっと気持ち悪いなと思ったりもして。でも人間も、よく見るとパーツ単位では結構気持ち悪いなと感じる部分があるんですよね。
なので、今回の作品も必ずしも人間を描いているわけではなくて、実在しない生物かもしれないし、もしかしたら他の星の存在かもしれないし。あるいは、生き物ですらない可能性もあると思っています。そういう意味では、「存在」そのものを扱っている感覚に近いかもしれないです。
そう考える背景には、攻殻機動隊(Ghost in the Shell)の影響もあると思います。あの作品って、心や魂が身体の内側に宿るのか、それとも身体そのものに宿るのか、みたいなテーマもあるじゃないですか。
結局、人は身体があるからこそ、他の何かでは代替できない存在なんじゃないかと感じていて。肉体に意識が宿る、という感覚に近いかもしれないです。
どれだけAIが発達しても、自分の身体で積み重ねた感覚や技術は置き換えられないと思うんですよね。自分の手で描いているという事実が、そのまま作品の説得力につながっていると思います。
*H.R. Giger(1940-2014)は、映画『エイリアン』(1979年)のクリーチャーデザインでアカデミー賞を受賞した、スイス出身の画家・造形作家
─ 最後に、今後挑戦していきたい表現や、今考えている課題について教えてください。
今回の制作を通して、黒の質感はもっと探っていきたいなと思いました。頭の中では、もっと強い黒を表現したいイメージがあるんですが、今回はまだそこまで届かなかった感覚があって。
そう考えると、そもそも素材を変えた方がいいのかもしれないとか、油絵の黒の方が強いのかなとか、そのあたりは新しい課題として見えてきました。黒と白のコントラストや見え方については、引き続き探っていきたいですね。シンメトリーに関しては、今回は身体がテーマだったからハマった部分もあるので、今後も必ず続けていくかというと、そうでもないかなと思っています。ラフの段階ではシンメトリーじゃない構成も考えていたんですが、崩すと具体的なモチーフに見えてしまったりして、あまりしっくりこなかったんですよね。
ただ、グラフィカルな構成や、抽象的な方向性はこれからも続けていくと思います。
今回は自分の中でもかなりしっくりハマったシリーズなので、この流れは続けていきたいですし、これまでのように人を描くことも並行して続けていこうと思っています。

説明しすぎないまま、かたちとして提示されていることが心地よかった。
整えられた線の中に、わずかに残るズレや揺らぎが、かえって身体の存在を強く感じさせる。
「続けること」を前提にした制作のあり方や、身体そのものへの意識も含めて、どこか誠実で静かな強さを感じる。
これからどんなふうに変化していくのか、楽しみにしています。
Interviewer: Asuka Watanabe, Jun Tsuchiya, Atsuya Nagata
Photo: Jun Tsuchiya (gallery installation)
肉と骨 MERIYAS MIDORI 個展
2026.3.13.Fri – 4.5.Sun
-Artist Statement-
混沌とした時代だ。
何もしなければ、圧し潰されてしまう。
だからこそ、強く在らなければならないと思った。
自らの肉体を鍛えることと、
表現を鍛えることは、
私の中で同じ行為であり
作品もまた、力強く在ろうとした。
本展では生物が本来持つ肉体の強さやエネルギーをテーマに
新作を展示いたします。
【開催日時】2026年3月13日(金)- 4月5日(日)
【開館時間】12:00-18:00 (月曜、火曜休館)*4月5日(日)は16時まで
【会場】K Art Gallery

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Website: https://meriyasmidori.com/index.html